コラム「海外のサイクルツーリズム(アジア編):台湾・韓国・中国の動向やコース例を紹介」では、アジア3か国のサイクルツーリズムについて紹介しました。
本記事ではヨーロッパ編として、自転車政策に関する国家文書の内容を紹介しながら、ヨーロッパのサイクルツーリズムについて紹介します。
Pan-European Master Plan(汎ヨーロッパ自転車推進マスタープラン)
2021年、EU加盟国27か国すべてを含む54か国をカバーする、自転車政策に関する初の国家文書「Pan-European Master Plan(汎ヨーロッパ自転車推進マスタープラン)」が発表されました。
このプランは、the Federal Ministry of Climate Action, Environment, Energy, Mobility, Innovation and Technology of Austria(オーストリア連邦気候変動対策・環境・エネルギー・モビリティ・イノベーション・技術省)とthe Ministry for an Ecological Transition of France(フランス環境移行省)が共同で立ち上げた自転車に関する国際プログラムTHE PEPのもとで、汎ヨーロッパ地域のサイクリング専門家たちによって作成されています。
なお、THE PEPは「the Transport, Health and Environment Pan-European Programme」の頭文字をとったもので、WHOとUNECE (国連欧州経済委員会) によって組織されています。
このプランでは、サイクリングは温室効果ガスを排出しないため環境に優しく、コロナ流行後の健康面の回復やグリーンジョブ創出などの経済促進、市民の幸福に寄与するためのアクティブモビリティ(サイクリングやウォーキングのような、健康的で環境にも優しい活動)として最適と述べられています。
サイクリングを促進するためのマイルストーンでもあるこのプランの中身を知ることで、ヨーロッパの自転車市場や今後の動向などが見えてきます。
Vision and objectives(ビジョンと目的)
このプランでは2030年までに達成を目指す目標として、自転車利用の倍増や安全や健康の促進について記載されています。
2030年までの達成目標(一部)
・汎ヨーロッパ地域全体で自転車利用を2倍にする
・サイクリングやウォーキングがしやすいスペースを提供して交通システムの弾力性を向上させる
・地域内各国で自転車利用者の安全を大きく向上させ、地域全体における死亡者数と重傷者数を大幅に減少させる
・サイクリングを非感染性疾患や肥満への取り組みを含む健康政策に組み込む
なお、原文は以下です。
「Pan-European Master Plan(汎ヨーロッパ自転車推進マスタープラン)」Vision and objectives
To achieve our vision, we have established the following objectives to be implemented by 2030 in the pan-European region:
a) To significantly increase cycling in every country to contribute to the overall target of doubling cycling in the region as a whole;
b) To increase the overall transport system’s resilience by providing appropriate space in favour of cycling and walking;
c) To extend and improve the infrastructure for cycling and walking in every country in the region;
d) To develop and implement national cycling policies, supported by national cycling plans, strategies and programmes including the setting of national targets in every country in the region;
e) To significantly increase cyclists’ safety in every country in the region and to significantly reduce the number of fatalities and serious injuries in the region as a whole;
f) To integrate cycling into health policies, including those tackling noncommunicable diseases and obesity;
g) To integrate cycling, including cycling infrastructure, into land use, urban, regional and transport infrastructure planning.
11つのテーマ
Pan-European Master Planでは「Recommendations」として11の提案がされています。
- Develop and implement a national cycling policy, supported by a national plan(国家計画に基づく国家自転車政策の策定と実施)
- Improve the regulatory framework for cycling promotion(自転車利用促進のための規制枠組みの改善)
- Create a user-friendly infrastructure(ユーザーが利用しやすい基盤の整備)
- Provide sustainable investment and efficient funding mechanisms(持続可能な投資と効率的な資金調達メカニズムの提供)
- Include cycle use in the planning processes and facilitate multimodality(計画に自転車利用を取り入れ、多様性を促進)
- Promote ridership through incentives and mobility management(インセンティブとモビリティ管理を通じた乗客数の拡大)
- Improve health and safety(健康と安全の向上)
- Improve statistics for use in efficient monitoring and benchmarking(効率的なモニタリングとベンチマークのための使用統計の改善)
- Promote tourism by bike(自転車観光の促進)
- Make use of new technology and innovation(新しいテクノロジーとイノベーションの活用)
- Promote cycle use for a more resilient transport system(弾力性のある交通システムを目指した自転車利用の促進)
そのなかの、Promote tourism by bike(自転車観光の促進)を中心に見ていきます。
Promote tourism by bike(自転車観光の促進)
「Promote tourism by bike(自転車観光の促進)」の章に着目すると、サイクルツーリズムによってEUとノルウェーとスイスの経済に年間440億ユーロ以上の貢献があったことが記されています。(the European Parliament in 2012 と THE PEP/United Nations Environment Programme study on green jobs in cyclingの調査による)
課題としては、自転車観光用のルートやサイクリストが使いやすい公共交通機関や宿泊施設などのインフラ面における調整不足や、対象国での自転車に関するガイドラインのばらつきがあります。
対策について、プランでは3つの提案が紹介されているので、それぞれの重要なポイントを取り上げます。
提案1:国家的なサイクルツーリズム中央機関の設立
サイクルツーリズムを成功させるためには、欧州サイクリスト連盟(ECF)が2007年に創設したサイクルルートの認定制度であるEuro Velo関連やその他の必要な活動を国家レベルで調整するための機関が必要。
各国の観光庁、運輸省、地方自治体、ユーザー側を代表する自転車競技団体、宿泊施設などのサービス提供者を代表する組織、公共交通機関などで組織し、各自の責任を明確にする。
提案2:国家的な自転車推進制度の導入
自転車観光では、駐輪場や万が一の際に修理できる環境など、サイクリスト向けのサービスが求められる。サイクリストの要求を満たすサービス提供者は、国家的な自転車推進制度を通じて潜在顧客に宣伝できるようにする。
この制度は既に多くの国で導入されており、そのほとんどはNational EuroVelo Coordination Centres によって運営されている。
しかし、一部の国ではそのような制度がなかったり、地域によっては制度が異なるため、ユーザーの混乱が生じている。マーケティングやプロモーション、トレーニング活動を含む既存の制度は、単一の基準と資金調達モデルを用いて国家レベルで組織されていく必要がある。
提案3:自転車道に関するシグナルの国家的ガイドライン化
一部の国では、自転車道での案内表示に関する国のガイドラインや基準が存在しない。そのため、地域ごとに標識が異なっていたり、そもそも標識が存在していない。
運輸局や政府は基準の策定や規制の導入を進める必要がある。基準統一のためには準備や実施にあたって地域関係者の協力も不可欠。
参考:European Cyclists’ Federation「Pan-European Master Plan」
参考:European Cyclists’ Federation「Historic milestone: 54 countries adopt the Pan-European Master Plan for Cycling Promotion」
参考:CyclingIndustry.News「Pan-European ‘master plan’ for cycling promotion laid out」
ヨーロッパとして複数国でサイクルツーリズムを推進するためには、各国や地域ごとで異なっているルールや習慣を統一し、その実現のために国家レベルで協力し合う組織体制が必要であると述べられています。
EUのサイクルルート認定制度 Euro Velo
欧州サイクリスト連盟(ECF)が2007年に創設したサイクルルートの認定制度であるEuro Velo。記事執筆時の2024年1月時点では17の長距離サイクリングルートが設けられています。
写真引用:European Cyclists’ Federation, Euro Velo「Discover Europe by bicycle!」
指定要件に「(原則EU域内を)2か国以上を通過すること」が含まれており、国境を越えてサイクリングすることができます。
Euro Veloのサイトでは、コースを動画で確認できたり、自身でコースを計画できる機能などがあります。EUエリアでのサイクリングに興味がある方は、ぜひ確認してみてください。
参考:国土交通省「海外におけるサイクルルートの認定制度について」
参考:European Cyclists’ Federation「Euro Velo」
ヨーロッパでサイクルツーリズムが進んでいる背景
上記のように、ヨーロッパではEUを中心に各国が連携しながらサイクリングツーリズムを進めていることが分かります。
このように複数の国が協力し合うのはサイクルツーリズムが重要なテーマだからといえますが、なぜヨーロッパでサイクルツーリズムが広がってきているのでしょうか。
ここでは、背景と思われる点を述べていきます。
脱炭素やSDGsに関する法整備
2019年12月に欧州委員会が「欧州グリーンディール」を発表し、2050年までにEUの温室効果ガス排出量を実質ゼロにするため、規則や法律を整備すると述べました。
中間目標として2030年までに温室効果ガス排出量を1990年比で55%以上削減することが示され、達成のためには多くの資金が必要と予想されています。
他にも脱炭素やSDGsに関する法整備が継続して進められており、このように環境への意識が高まる状況が、簡単にお金をかけずに取り入れられる自転車の活用を後押ししたと考えられます。
参考:European Commission「The European Green Deal sets out how to make Europe the first climate-neutral continent by 2050, boosting the economy, improving people’s health and quality of life, caring for nature, and leaving no one behind」
参考:独立行政法人 中小企業基盤整備機構「ヨーロッパの中小企業が取り組む脱炭素・SDGsビジネスの現状は(2)」
サイクリングに適した場所が多い
ヨーロッパは地理的にサイクリングしやすい気候や、緑の多い山々やきれいな海など、自然に恵まれた場所が多くあります。
エシカル志向を持つ人も多く、都会で騒がしく遊ぶよりも、社会や地球環境に配慮しながら楽しめるアクティビティを好む人も多く見られます。
サイクリングはそういった人々の余暇の過ごし方として最適です。
長期休暇
日本ではゴールデンウィークや夏休みなどのタイミングで大勢が一斉に休暇を取るため、観光地が混雑し、繁忙期にはレンタサイクルが不足する事態も起こりがちです。
ヨーロッパではEU労働時間指令で最低4週間の年次有給休暇を付与する内容が示されています。また、分散休暇を取り入れている国もあり、混雑時を避けた長期休暇が取りやすい環境があります。
人込みを避けてじっくりと余暇を楽しめる環境が、アクティブレストやストレス解消としてサイクリングを取り入れたり、サイクリングをしながら長期旅行をするきっかけに繋がっている可能性もあります。
まとめ
本記事ではヨーロッパのサイクリングツーリズムについて紹介しました。
ヨーロッパは地理的・文化的にサイクリングツーリズムをしやすい環境といえますが、連合としてサイクリングツーリズムを推進を行うためには各国同士の協力や調整が非常に重要です。
どのように多くの関係者と連携して統一を図っていくのか、その連携方法にも着目することで、日本国内のサイクルツーリズム推進の参考にもなりそうです。
ぜひ、引き続きヨーロッパでのサイクルツーリズムに注目してみてください。